創作活動だけで生活できるクリエイターを増やしたい。サークル機能を開発したエンジニアの静かな情熱
2020年2月にリリースされたnoteのサークル機能によって、クリエイターは月額会費制のコミュニティを運営できるようになりました。たとえば、ファンクラブや教室など。ミュージシャンやマンガ家、YouTuber、写真家、スポーツ選手、料理家など、あらゆるクリエイターがファンとつながる場所をつくることができます。
「noteの歴史においては、かなり大規模な開発でした」と振り返るのは、CTOの今(こん)雄一さんです。もともとnoteは表現の場としての機能がメイン。サークル機能の開発にあたっては、コミュニケーション基盤をいちからつくる必要がありました。
では、いかにしてサークル機能は設計・開発されたのか。今回の#noteのみんなでは、今さんに加え、サーバーサイドを担当した志村亮さん、フロントエンドを担当した板橋毅彦さんに開発のウラ側を聞きました。「創作活動だけで生活できるクリエイターを増やしたい」。エンジニア3名のやり取りから垣間見えた、静かな情熱とは。
発端は、「記事を書く」へのハードル
ーまず、サークル機能の開発経緯から教えてください。
今雄一:CTO/ディー・エヌ・エーにてソーシャルゲームのサーバーサイド開発業務と運用を経験。2013年9月より現職。noteの立ち上げ時から開発に参加し現在に至る。
今:経営会議の議題に上がったのは、2019年7月です。noteではプレミアム会員のクリエイターが月額の定額課金でコンテンツを販売できる「定期購読マガジン」という機能があります。クリエイターがファンとつながり続けるための機能なのですが、「すべてのクリエイターにとって使いやすいサービスではないのでは?」という話になりました。
「定期購読マガジン」はライターや小説家など、文章が得意なクリエイターにとっては使いやすい機能ですが、たとえばアーティスト、フォトグラファー、美容師、アイドルといった方たちは、文章の発信以外でファンとつながるほうがいい場合もあるわけです。画像や動画、音声や、Q&Aに答えるといった方法のほうがファンに喜ばれるかもしれません。
ぼくたちはnoteを文章の得意、不得意関係なくすべてのクリエイターの本拠地にしようとしています。そこで「定額課金の仕組みを使って、noteでコミュニティ運営ができる機能をつくってみよう」という結論になりました。
ー「かなり大規模な開発だった」というお話もありました。詳細を教えてください。
今:もともとnoteは表現の場としての機能がメイン。note内でクリエイターとファン、もしくはファン同士がコミュニケーションすることは、ほとんど想定していませんでした。
必然的に、コミュニケーション基盤をゼロからつくることになる。設計工数も実装工数もそれなりに要する長期的なプロジェクトを想定していました。それこそ、2015年にリリースした「定期購読マガジン」以来の大規模な開発という位置付けでしたね。
ーそこでアサインされたのが、志村さんと板橋さんというわけですね。
今:板橋さんはフロントエンドのエース、そして志村さんはサーバーサイドはもちろんアプリにも精通したベテランです。このふたりなら大丈夫だろう、と。
名もなきサービスにアサインされて
ー志村さんと板橋さんは、人選が決まったときにどんなことを感じましたか?
志村亮:サーバーサイドエンジニア/SIerやベンチャー企業でEC、スマホゲームプラットフォームなどのWebシステムの開発や運用を経験。2019年7月より現職。
志村:ぼくは入社とほぼ同時にプロジェクトにアサインされたので、正直なところ、最初は戸惑いがありました。前職でもウェブアプリケーションはいろいろとつくってきたので変なプレッシャーみたいなものはなかったんですが、規模感がわからないし、そもそも「サークル」という名前も決まっていなかったので……。アサインされたけど、何をつくるのかはあまりイメージできていませんでした。
まずは求められている機能を洗い出して、すでに運営している「定期購読マガジン」と照らし合わせながら、少しずつイメージを固めていきました。「これは大規模な開発だ」と実感したのは、しばらく経ってからです。noteの機能も理解しながら、新機能を検討していくと、自ずと「あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ」とつくるものが増えていく。気がついたころには大ボリュームになっていましたね。
板橋:ぼくも「サークル」という名前が決まるまでは概念がはっきりとは掴み切れなくて、「名前を早く決めたい」と伝えていました。その後、ある日の会議のなかで、CEOの加藤さんとCXOの深津さんが「サークル」という言葉を使ったんですね。そこで、はっきりやるべきことがイメージできたんです。
板橋毅彦:フロントエンドエンジニア/面白法人カヤックでフロントエンドを中心にウェブ開発を経験。2019年1月より現職。パンが好き。
ー志村さんにお聞きしたいんですが、前職と比較して開発の進め方に違いってありましたか?
志村:前職と比べて関わる人数が少なく、個人に裁量が委ねられることが多いと思います。また、組織としても「設計が固まってから動く」というよりも「考えながら走る」というスタイルなので、Slackでサクサクとコミュニケーションをとって、トントン拍子で話も進んでいく。スピードの速さは圧倒的だと思います。おそらく、みんなが同じ方向を目指しているから、ブレずに進められるんでしょうね。
開発の進め方ではないんですが、個人的にやりやすく感じた要因のひとつは、CEOの加藤さんがエンジニアや技術への理解が深い点です。エンジニアリングまわりの話も普通にできるし、こちらの悩みも吸い上げてくれる。「サークル」という名称の件もそうですよね。「なぜエンジニアが早く決めてほしいと思っているのか」を理解しているから、すぐに決めてくれる。加藤さんの存在は、ありがたかったです。
ー今さんから見た志村さんのすごさってどういうところですか?
今:やはりペースを崩さずに確実に開発を進めてくれたことです。先ほど志村さんも話していましたが、開発していると当初より仕様がふくらむケースってどうしても起こってしまうんです。最初はAPIやテーブルの設計にぼくも入っていたんですが、途中からはオートパイロットで。それでもブレることなく、志村さんがきっちりリードしてくれて無事にリリースできた。まさにベテランのなせる技、でしたね。
創作活動だけで生活できるひとを増やしたい
ー板橋さんにもお聞きしたいんですが、フロントエンドの部分でうまくいった部分があったら教えてください。
板橋:掲示板のコメント部分ですね。「コメントに対する返信」のところはしっかり考えないと「コメントに対する返信に対する返信に……」ってずぶずぶと深みにハマってしまうのですが、デザイナーのおかげもあって見た目も含めて上手に落としどころを見つけられました。note本体には「コメントに対する返信」機能がないので、いずれ還元できたらうれしいです。
※サークルの掲示板でのやり取りを再現
ー志村さんには板橋さんはどのように映っていたのでしょうか?
志村:めちゃめちゃ頼りがいがありました。こちらのつくったAPIに合う形で仕上げてくれるし、実装スピードも速い。サークル機能だけではなく、note全体を見据えている点は心強かったです。フロントは完全にお任せできたので、ぼくはサーバーに集中できました。開発しているとフロントへの影響とサーバーへの影響を並行して考えなければいけないことが多々あるんですが、そういうときもSlackでパッと話しかけるとすぐに解決策が決まって、全体的な遅れも出なかった。助かることは多かったです。
板橋:志村さんもフロントエンドがほしい形でデータを返すように考えてくれていたので、持ちつ持たれつじゃないですが、すごくやりやすかったです。
ーまさに「最強コンビ」と言っても過言ではないおふたりですが、今後のサークル機能との関わり方について教えてください。
今:現状は、志村さんと板橋さんのおふたりに運用も任せているのですが、今後担当が変更になる可能性ももちろんあります。引き継ぐときに、独創的なコードになっているとなかなかスムーズにいかないので、ほかのエンジニアが見てもわかりやすい設計にしておくことは重要ですね。まぁ、志村さんと板橋さんなら大丈夫だと思いますけど。
ー今後サークル機能をどのように育てていきたいと考えていますか?
板橋:いまは昔ながらのTHE掲示板というつくりなので、機能面、デザイン面は充足させたいですね。クリエイターの方からの要望や、「こういう機能があるなら使いたい」といった声もたくさん届いているので、取り入れながら。
今:「創作活動だけで生活できるひとを増やしたい」という話は常々しているんです。そのために、現状はテキストと画像しかアップできない掲示板を、動画や音声もアップできるようにしたり、サークルに入ると「定期購読マガジン」も読めるように相互運用したり。クリエイターがnote内でできることを増やし、ファンとのコミュニケーションの頻度を上げていきたいと思っています。
ー創作活動だけで生活できるようになれば、クリエイターは創作活動にますます専念できる。そして、ファンもクリエイターの作品に多く触れられる。noteのミッション「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする」を実現するために、おおきな手がかりとなるのがサークル機能なのかもしれませんね。サークル機能のこれから、楽しみにしています。
▼noteを一緒につくりませんか?
Text by 田中嘉人