クリエイターのためのメディアをつくる。文藝春秋とnoteの資本業務提携裏側
2020年末、note株式会社は株式会社文藝春秋と資本業務提携を結びました。この背景には、作家・クリエイターのために表現の場をつくった二社の重なる志があります。どんな想いで業務提携を結び、これからどんなことを実現したいと考えているのか。文藝春秋専務取締役の飯窪成幸さんとnote代表取締役CEOの加藤貞顕の対談から、紐解いていきます。
「クリエイターのためのメディアをつくる」100年の時を経て重なった志
加藤貞顕(以下、加藤) 今回の資本業務提携のきっかけは、村井弦さん(「文藝春秋digital」プロジェクトマネージャー)ですね。2019年の11月にnoteで「文藝春秋digital」を開設していただき、ご一緒させてもらう中で、「もう一歩踏み込んだ関係性を築けたらいいですね」とご提案いただきました。非常に嬉しかったです。
飯窪成幸(以下、飯窪) 「文藝春秋digital」で1年間ご一緒させていただいて、紙とデジタル、フィールドは違えど、息が合うなあと感じていました。
加藤 まさに、今手元に大正12年に誕生した『文藝春秋』の創刊号がありますが、菊池寛がここに書いた「創刊の辞」に感銘を受けまして。noteもかなり近い発想でつくられています。
私は頼まれて物を云うことに飽いた。
自分で、考えていることを、 読者や編集者に気兼なしに、 自由な心持で云って見たい。
友人にも私と同感の人々が多いだろう。
又、私が知っている若い人達には、 物が云いたくて、ウズウズしている人が多い。
一には、自分のため、一には他のため、 この小雑誌を出すことにした。
加藤 クリエイターが誰かに気兼ねすることなく、自由にコンテンツを発表していきたい、と。100年前に、菊池寛はクリエイターのためのメディアとして雑誌を立ち上げ、本を出版し、クリエイターを発掘・育成してきた。同じような発想でデジタルの時代に、クリエイターのためのメディアをつくりたいと思って生まれたのがnoteです。
飯窪 そして今、noteの月間アクティブユーザーは6,300万を超え、飛躍的に伸びていると聞いています。『文藝春秋』が創刊されたときのような勢いを感じます。初版3,000部、28頁の小冊子は3日で売り切れて、号を追うごとに分厚くなり、部数もどんどん増えていったんですよ。
加藤 それだけその時代の人々に求められていたんですね。
飯窪 文藝春秋はまもなく創業から100年を迎えますが、業務提携を結ぶのはnoteが初めてなんです。
加藤 なんと、それは大変光栄です。
飯窪 真面目な話、大正12年の1月に『文藝春秋』が発行されて、その年の9月に関東大震災が起きた。明治・大正から昭和へ、都市部を中心に人々の生活が変わる中で、支持されてきた雑誌です。
100年の時を経て、平成から令和へ、このコロナ禍、人々の意識や生活が変化しつつある中で、noteのアクティブユーザーが増えている。変化する時代の中でクリエイターのために新しい表現の場をつくった者同士、今回の業務提携は意味のあるものだと思っています。
加藤 いやあ、嬉しい。ありがとうございます。
飯窪 これからの時代に、お互いの強みを生かして、双方向にもっと「面白いこと」ができるんじゃないか。僕らの仕事は常に「面白いこと」が前提にあるのでね。そこに大きな期待感があります。
noteを超えて、クリエイターの活躍の場が広がっていく
加藤 僕らとしては、noteのクリエイターの活躍の場が広がっていくことが何より嬉しいですね。1年間「文藝春秋digital」でご一緒させてもらってよかったのは、岸田奈美さんや有賀薫さんを皮切りに『文藝春秋』の巻頭随筆などでnoteのクリエイターを続々と起用いただけたこと。ほかにも、文藝春秋digitalが独自に開催したコンテストで選ばれたnoteのクリエイターの挿絵を本誌にも掲載いただきました。
飯窪 我々はこれまで、新しい才能の発掘は、新人賞の募集や個々の編集者が人づてに探してくることが中心で、インターネット経由で見つけることはあまりなくて。noteと連携することで、こうして新たな才能に出会うことができ、嬉しく思っています。
加藤 noteで新人賞の募集をするのも面白いと思います。noteには毎日2〜3万件、月に80〜100万件の投稿があるので、面白い作品がいっぱいあるんですよ。
僕らもできる限り読んで、面白い作品は「note編集部のおすすめ」でピックアップしていますが、小説や詩、俳句など文芸のジャンルで御社の編集者に発掘してもらえたら心強いですね。
飯窪 芥川賞を受賞した山下澄人さんはスマホで小説を書いたと言いますし、インターネットから生まれる書き手もどんどん増えてくるでしょう。
加藤 文芸はnoteとも相性がいいと思うんです。平野啓一郎さんの『マチネの終わりに』は毎日新聞の紙面から1週間遅れでnoteでも連載をしていました。常に数千ビューあって、盛り上がる場面ではスキやコメントもたくさんついたんですよね。
飯窪 デジタルで小説をどう読んでもらうかは課題もあるので、note上で一緒にやり方を探っていけたらいいですね。
加藤 ぜひ。文芸に限らず、noteにはいろんなジャンルのクリエイターがいます。彼らのキャリアパスとして、雑誌や本をはじめ、noteを超えて活躍する場所があってしかるべきだと思っていて。今回の業務提携によって、文藝春秋の編集者とnoteのクリエイターが出会って、新しい創作が生まれることが楽しみです。
創作を続けるために、クリエイターと読者がつながる機会を
飯窪 この秋、noteが12の出版社と共同開催した読書感想文コンテストにも可能性を感じました。
文藝春秋の課題図書としてあげさせてもらったオードリー若林正恭さんの『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』の書籍紹介サイトには、8,000を超えるアクセスがありましたから。文藝春秋digitalがnoteで実施した村上春樹さんの『猫を捨てる 父親について語るとき』の読書感想文コンテストにも250を超える作品が集まりました。我々が独自に紙媒体で読書感想文を募集してもこんなに集まりませんよ。
加藤 出版社がやるからこそ意味があるんですよね。作家本人や編集者に届くかもしれない。書く側としても、その可能性があるだけで、俄然気合が入ります。
飯窪 編集者はすごく気にかけていましたし、いい手応えを感じたようです。紙媒体だと、なかなか直接読者とつながれる機会は少ないんですよね。noteはその点、書き手と読み手の距離が近い。編集者が間に入りながら、作家と読者がつながれる機会もつくれるのではないかと思います。
加藤 クリエイターがサブスクリプションとしてnoteの有料マガジンを開設するケースも増えています。本をつくるのと同じように、編集者がnoteでの創作をサポートするのもいいですよね。
飯窪 まだ本を出すには至らない作家もいるので、彼らをnoteでサポートしていくのもいいかもしれません。noteの課金は「買う」というより「応援する」という側面が大きいですよね。
加藤 「サポート機能」と言っているのも、課金はクリエイターの創作を盛り上げる要素の一つだと思っているからです。僕らのミッションは「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする」こと。課金も、雑誌掲載も書籍化も、創作を「続ける」ために大事な要素だと考えています。
飯窪 作家にとっては作品を求める読者がいることも創作を続けるための要素の一つ。クリエイターと読者をつなぐようなイベントもご一緒できたらいいですね。
加藤 双方にメディアがあって、いろんなクリエイターや読者がいるので、交流する機会をつくって、クリエイターと読者の新しいつながりを育んでいきたいです。
飯窪 あとは、企業のオウンドメディアのサポートもご一緒できるといいかもしれません。
加藤 まさに、noteは企業もいちクリエイターとして「note pro」をご提供しているんですが、企業のみなさんはあくまでも本業のプロフェッショナルなので、伝えたいことを表現に落とし込んで発信し続けることが難しいこともある。そのサポートを御社とタッグを組んでできたら、新たな事業が生まれる可能性もありますね。
人材交流で、編集力やデジタルの知見を学び合う
加藤 それから、僕らが期待しているのは人材交流です。cakesの記事について多くの方からのご指摘を受けて、今、編集体制を整えています。直接的な原因は、人員体制と僕らの編集力が不足していることなので、圧倒的な編集力を持つ御社から学ばせていただきたい。
ウェブ時代にコンテンツを届けていくことの難しさも痛感しています。編集者はあらゆることに精通しているわけではなく、むしろあらゆることの素人です。読者とおなじ素人の目線を持って、著者のメッセージをどう編集したら読者に届けられるかを考える仕事です。
しかし、インターネットの場合は、あらゆる人がアクセスでき、あらゆるところにコンテンツが広がっていく。どんな編集力を培っていけばいいのか。これからどうしていけばいいのかを考えないといけないなと痛感しています。
御社は、長い歴史のなかで、そうした時代の変化をくぐり抜けてきましたよね。そのあたりも学ばせていただきたいです。
飯窪 くぐり抜けてきたというより綱渡り状態ですよ。我々の歴史を振り返ってみても自慢できるものばかりではなく、失敗を繰り返してきました。
ただ、時代によって社会の空気も読者の意識も変わっていきます。おっしゃるように編集者は素人感覚がないと面白いものはつくれない。けれど、時代がどっちを向いているのか、読者の意識がどう変化しているのか。池島信平さん(文藝春秋三代目社長)の言葉を借りれば「時代の一歩先では早すぎるから、半歩先を見て編集する」。
たとえば、『週刊文春』も僕が入社した頃は、読者は男性ばかりでヌードも掲載されていましたが、その時代の歴代の編集長によって少しずつ変化して、今は読者の半分が女性です。急に変わるのは難しいけれど、編集者は常に時代の方向や読者の意識の変化の半歩先を掴んでいかなきゃいけない。
加藤 おっしゃる通りだと思います。編集者の意識もそうですし、出版社はコンテンツ制作のプロセスも丁寧です。ウェブと違って紙は印刷するとやり直しができないので、時間をかけて、しっかり校正もして、クオリティを保っていく。そうしたコンテンツの質を担保する仕組みを我々の組織にも取り入れていけるように、学ばせていただけたらと思います。
飯窪 一方で我々は古い業態なので、noteのスピード感や身軽さも見習っていかないと。特に、デジタル領域でどう見せるか、どう届けるか、その知見をnoteから学んでいきたい。その過程で、我々が紙でしかできないことを再確認することにもつながると思っています。
加藤 僕らが学び合うと言うと若干おこがましいんですが、いい化学反応を起こしていけたらいいですね。
noteのクリエイターから芥川賞作家が生まれる未来を思い描いて
加藤 これは将来的な夢なんですが、僕は究極、noteのクリエイターが芥川賞や直木賞を受賞する未来を思い描いています。今、才能のある書き手は、おそらくインターネット上で作品を発表していると思うんです。noteに本気で小説を書いたら、芥川賞や直木賞につながる。そういう未来をつくりたい。
飯窪 それは遠い未来ではないと思いますね。近い未来、現実としてあり得るんじゃないですか。
『文藝春秋』の創刊号に寄稿した作家たちの多くは当時、ほぼ無名の若手でした。それまで「総合雑誌」と言われるものは分厚くて、学者が上から目線で語るものが多かった。そんな中、30歳半ばだった菊池寛が友人たちと自由に書ける場所を求めて同人雑誌を始めたわけです。
加藤 そうか。創刊号に名を連ねる作家は今では大家だけれど、当時はそうじゃない。書き手も雑誌と一緒に成長していったんですね。
飯窪 創刊号の巻末には「投稿大歓迎」と書いてあって、新しい書き手にも門戸を開いています。その月の売り上げも載せてあって、ライブ感覚がある。
加藤 「原稿料払います。ただし月によって高低差あり」と正直に書いてあります。当時の雑誌は、今のインターネットに近いですね。
飯窪 やっぱり『文藝春秋』とnoteは似ているところがある。noteのクリエイターの中から令和の芥川龍之介や菊池寛が誕生することを期待しています。
text by 徳 瑠里香