深津貴之さんが、ピースオブケイクのCXOになりました
本記事は、2017年10月にcakesで公開されたものです。cakesのサービス終了に伴い、note(旧:ピースオブケイク)のアカウントにて再投稿します。
cakes、noteを運営するピースオブケイク(現:note)に、強力な助っ人が加わりました。ネット上ではfladdictとしても有名な、深津貴之さんです。Flashのウェブデザイナーから、大ヒットiPhoneアプリの開発者を経て、UXデザイナーとして、さまざまな有名企業のウェブサービス・アプリを改善してきた深津さん。そんな深津さんはなぜ、ピースオブケイクのCXO(Chief eXperience Officer)になろうと決めたのでしょうか。
UXデザインは「ゆりかごから墓場まで」
加藤貞顕(以下、加藤) 10月1日に、深津貴之さんがピースオブケイクのCXO(Chief eXperience Officer)に就任してくださいました。そこで、経緯や就任を決めてくれた理由などについてうかがっていきたいと思います。深津さんはいま、THE GUILDという会社の代表取締役を務めつつ、いろいろな企業のアプリやウェブサービスのユーザーエクスペリエンス(UX)の設計やコンサルティングをされているんですよね?
深津貴之(以下、深津) THE GUILDは会社というよりも、クリエイティブチームと呼ぶほうがしっくりくると思います。一人ひとりでも独立してやっていけるデザイナーやエンジニアが集まった共同体というイメージでしょうか。全員の仕事の窓口とポートフォリオを集約し、スケールメリットを出すという仕組みになっています。
加藤 メンバーは、個人で仕事を受けてもいいんですか?
深津 もちろん。でも、フリーランスとして一人でやると、弱い立場に立ってしまったり、大きな仕事を受けられなかったりしますよね。ギルドはそういったフリーランスを繋げて、相乗効果や付加価値を生み出すための組織です。理想は、ギルドにいれば広告代理店や製作会社に属するより自由があり、フリーランスでいるよりも責任や機材などの後ろ盾がある、という状態を作ることです。これは、もともとロンドンのクリエイター集団「TOMATO」をモデルにしています。
加藤 非常に未来的で、すばらしい組織ですよね。ドラッカーが『ネクスト・ソサエティ』の冒頭で書いていたのが、まさにギルドみたいな働き方だったんです。これからの仕事の仕方はこうなっていくんじゃないかと思います。
—— 深津さんご自身は、どういうお仕事をやってこられたんですか?
深津 THE GUILDを作ってからは、日経新聞さんのアプリのコンセプトモデル提案や、現在までの監修などをしています。あとは、GMOペパボさんのminne他のUI/UXの顧問など。くわしく言えませんが、自動車会社や証券会社、通信キャリア、TV局さんなどとも、いろいろな案件でお手伝いさせていただいています。
—— えーと、あの、ここで改めて聞くのも何なのですが、CXOってなんですか? あまり耳にしたことがないのですが……。
深津 CXOというのは、ユーザーの体験を設計し、良くしていく責任者ですね。
—— 深津さんが参加すると、noteやcakesがすごくおしゃれになるんですか?
深津 すごくおしゃれ……にはならないですね(笑)。今のところは。もちろん見た目を良くすることも、UXデザインの一部としては重要な要素です。でも残念ながら、そこに手を付けるのはもっと後です。まずはもっと大きなUXから考えていかないと。
—— そもそも、ユーザーエクスペリエンス、UXデザインって何なんですか?
深津 そのプロダクトに関わる、あらゆるユーザーの体験を設計することがUXデザインです。一言で言うと、「ゆりかごから墓場まで」ってことですね。
—— ますますわからなくなってきました……。
noteのことを耳にするところからUXは始まっている
深津 UXというのは、きっと一般的に想像されるよりも広い範囲にわたっているんです。みんなUXデザインと聞くと、アプリを使いやすくするとか、エフェクトを気持ちよくする、みたいなことを想像するでしょう。でも、それはUXデザインのほんの1%くらいしか説明していません。ピースオブケイクのサービスであるnoteを例に説明してみましょうか。まず、「noteってものがあるらしいよ」と耳に入るところから設計するのがUXデザインです。
—— そんなところからなんですね!
深津 「noteっておもしろそうだな」「note、最近タイムラインでよく見るな」といったところから、「noteの記事を読んでみたい」という気持ちにさせること、これもUXデザイナーの仕事なんです。
そして、記事を読んで「拡散したい」と思わせて、スムーズに拡散させるのもUXデザインの一部。さらに「自分も書いてみたいな」と思わせるのも、noteのエディタを使いやすくするのも、書き続けるモチベーションを管理するのも、すべてUXデザインです。プロダクト使用後のUXデザインもあって、「noteのおかげでこんな作家になれた」とか、「noteの記事を読んで人生が変わった」とか、そういうのも「体験」、つまりUXの一部です。
—— そこまで……!
深津 人生でnoteを知った瞬間から、noteと完全に縁が切れてnoteのことを忘却するまでの、全部の認知・認識を素敵にするのがUXデザインなんですよ。
—— だから、「ゆりかごから墓場まで」なんですね。やっとわかりました。でも、そんなに広い範囲を手がける人を「デザイナー」と呼ぶのは、少し不思議な感じがします。
加藤 もともとは創業者などが、自分の経験やセンスをもとにやってきたことなんでしょうね。でも本当はデザインが一番、広い範囲の物事を統合できるんだと思います。だから、デザイナーが全体の体験を設計するのは、僕としては納得なんです。
深津 そうですね。実際に僕が案件に入るときは、非常に横断的です。デザイン、経営、エンジニアリング、マーケティング、時にはカスタマーサポートのあたりを行ったり来たりしながら、それらをつなげて仕事をしています。
加藤 会社のビジネスのすべてに関わりますよね。
深津 そうなんです。UXデザイナーの立場から見ると、マーケティングはプロダクトをさわる前の瞬間から、実際にさわろうという気分にするまでのUXを対象としたパートだとも言えます。
実装やグラフィックデザイン、ユーザーインターフェイス(UI)デザインなどは、さわっている最中の体験を良くするパート。
カスタマーサポートは、さわったときのダメな体験をケアする、感想やクオリティをもっと上げるためのパート。
そんな風に考えると、マーケティングも開発もカスタマーサポートも、すべてUXデザインの一部だと考えられるんです。まあ、総合格闘技みたいなものですね(笑)。
深津さんがCXOになった3つの理由
加藤 通常、経営者は経営のことばかり見がちだし、技術者もそうですし、デザイナーもそういう場合が多いと思います。深津さんのように、全体をつないでデザインができる人ってめったにいませんよね。だからこそ、深津さんの仕事を見るにつけ、「この人がうちの会社にいてくれたら……!」と思っていました。というのが、こちら側の思いなんですけど、正直なところ、深津さんはなぜ今回のCXO就任のオファーを受けてくれたんですか?
深津 明確な理由が3つあるんですよ。一つは、自分のルーツがもともとブロガー※だったからです。僕は、梅田望夫さんのブログや『ウェブ進化論』の薫陶を受けている世代なんですよ。
※深津さんのブログはこちら
加藤 なるほど。そうだったんですね!
深津 インターネットで個人が情報発信することで世界が変わる、ということを信じて育った世代なんです。だから、noteやcakesが今それを実現しようとしているなら、自分もそれに協力したいと思いました。もう一つは、ギルド自体がもう少し、メディアそのものをうまく使えるようになりたい、と考えていたから。メンバーが集まるほどにスケールメリットがある組織なら、もっと主体的にデザイナーやエンジニアの情報を発信したほうがいいんじゃないか、と。そうするときに、ピースオブケイクさんと組んでいるとシナジーが出ると思ったんです。
加藤 なるほど。最後の一つは?
深津 最後は身も蓋もないけれど、すごく重要なこと。要は、「最高責任者として権限をくれたから」です。UXデザインを本当にがっつりやろうとすると、いろいろな部署に向けて「これは絶対やって欲しい」「これは絶対やってはいけない」と強くお願いすることが必ず出てきます。様々なことを横断で連携していかないと、いいUXは設計、実装できません。場合によっては予算の配分や決済権もほしいくらい。いち「デザイン担当」や「受託」では、そういうことはとても難しいと思います。だから、「CXOになってください」というオファーは、お客さんの内側から深く関われるため、願ったり叶ったりでした。ここまで権限をいただけることは、お客さんの中でも非常に珍しいことなので。
加藤 そうだったんですね。ピースオブケイクはこれまで、コンテンツとテクノロジーを統合して新しいメディア、発信の場を作ろうと挑戦してきました。あとは、デザインというピースが必要だと考えたんです。もちろんこれまでも重要だと考えていましたが、さらに強化するべきだと。デザインを経営の一つの柱だと思っているので、深津さんにそこをお願いできるのは非常に頼もしいです。
行動科学×プロダクトデザイン×UI設計
—— UXデザイナーは経営、エンジニアリング、マーケティング、カスタマーサポートの領域まで横断してデザインをするというお話でしたが、そういうデザイナーはどうやったら育成できるんですか?
深津 どうやったら……うーん、他の方のケースはわかりませんが、僕の場合はこれまでの教育や仕事のキャリアが横断的だった、というのがあるかもしれません。
加藤 そのあたりの深津さんの話、聞きたいです。大学では何を学ばれていたんですか?
深津 大学は武蔵工業大学の環境情報学部で、所属したゼミではテクノロジーによってユーザーの行動がどう変化するかといった研究が行われていました。ワークショップなどを通じて、携帯を持った子供の行動がどう変化するかを観察したりしていましたね。それから、モノのインターフェイスに興味が移って、ロンドンのセントラル・セント・マーチンズという芸術大学に進学し、プロダクトデザインを学びました。
加藤 なるほど。もともとは、プロダクトデザインをやっていたんですね。
深津 そう、椅子とか照明とか作っていたんです。そこで、デザイン理論やデザイン・リサーチの手法を学びました。ところがロンドンの大学は休学をし、日本に戻ってきて中村勇吾さんの会社、tha ltd.に入りました。そこで、Flashを使った、おもしろいインタラクションのあるウェブサイトなどを作っていました。ここでは広告コンテンツとして注目を集めるキャッチーさや、動きの気持ちよさをどう作るかを学びました。 ここからは半ば偶然なんですが、日本の大学時代、イギリスの大学時代、thaの時代でやったことをかけ合わせると、ちょうどスマートフォンのアプリに最適な技術がフルセットで身に付いていたんです(笑)。
加藤 そうか、ちょうどそのころにiPhoneが出てきて。で、それが「Toy Camera」という大ヒットアプリの開発につながるんですね。あれは2008年くらいでしたっけ。どのくらい売れたんですか?
深津 シリーズでカメラアプリを3本出してるんですけど、合わせて120万〜130万本くらい売れましたね。
加藤 すごいな。ぼく、たしかそのころにはじめて深津さんにお会いしたんだと思います。
深津 2009年でしたね。こうやって振り返ると、統合、横断することに特化したようなデザイン教育を受けてきたのかもしれません。
バナーづくりはウェブデザイナーの仕事じゃない
—— いま、ピースオブケイクではCXOとしてどんなことをされているんですか?
深津 まず、大型の液晶モニタを買ってくださいとお願いしました(笑)。
—— え、なぜ? もっとこう、note・cakesアプリの使い心地を良くするとか……。
深津 だから、それはUXデザインのほんの一部、しかももっと後にやることなんです。最初にやらなければいけないことは、noteやcakesのあらゆるデータを可視化すること。そこから、noteとはこういうものである、cakesとはこういうものである、ユーザーはこういう人達であるということを、定量的に見える形にしてチームの間で共有する。 並行して、定性的なインタビューやユーザーの観察もして、noteやcakesとは何かという輪郭をはっきりさせていくんです。その理解が、チーム全体に行き渡るようにするのが第一段階ですね。輪郭がわかれば、目指すべき形と現在の形はどれくらい違うのか、どこに欠けがあるのか、といったことがわかってくるので。
—— UXデザインはそこから始まるんですね。加藤さんとしては、その提案は意外でしたか?
加藤 いや、「そのとおりです」と思いましたよ。もちろん、データが大事だとは認識していて、これまでも数値的な分析はしていたんです。ただ、深津さんはその徹底っぷりが半端ない。ここまでやるのか、と思いました。また、自分たちのことって、わかっているつもりでわかっていなかったんだ、ということも実感しました。
深津 加藤さんは、言ったらすぐ大きなモニタを買ってくれたので本当によかった(笑)。データをダッシュボードのようなかたちで可視化して、常に見えるところに置いておきましょうと、コンサルティングで入るほぼすべての案件で提案するんです。データをもとに仮説を立ててデザインするのは、基本中の基本ですから。でも、ほとんどの人が実行してくれないんです。担当者の決済権がなくてディスプレイが買えないとか、事業部ごとの目標を達成するのに一生懸命でそこまで手が回らない、とか。
—— 決済権があるのとないのとではUXデザインの精度が変わるというのは、こういうところに表れるんですね。
加藤 本来、デザイナーに決済権があるのは必須だと思うんですよね。企業におけるデザインというのは、事業としてやりたいことを顧客にとどけるインターフェースですよね。でもIT企業ってけっこう、デザイナーが社内仕事の受託業者みたいになっている会社が多いと思うんです。それはもったいないですよね。
深津 「バナー作っといて」と言われて、そういう作業ばかりやってるとかね。でも、バナーづくりはデザイナーのコアの仕事じゃないんですよ。デザインは問題解決をするツールなんです。デザイナーによってその解決する武器が違うだけで、そこは共通している。例えば、問題解決に視覚的な美しさを使うならグラフィックデザイナーだし、構造体や物理的機能を使うならプロダクトデザイナー。そして、問題解決に体験そのものの改善・創造をするのがUXデザイナー、だと考えています。扱視覚、構造、インターフェースなど、デザイナーによって手法は変わりますが、基本的には問題解決や価値創造をするのがデザイナーの仕事だと考えています。
加藤 深津さんにはCXOとして、新しいデザインチームの構築もお願いしたいと思っているんです。
深津 CXO体制で始まる新しいピースオブケイクでは、デザインが社長直轄の最優先事項になります。というか、僕がします(笑)。デザイナーには、「画面のボタンをどこに設置するか」などではなく、noteやcakesはどうあるべきか、noteやcakesにふれることでユーザーはどう変わるべきか、ということからデザインを考えてもらいます。もし、デザインチームでやっていることと会社の方針にねじれがあったら、CXOである僕が直接加藤さんに話す。もしくは、デザイナーが直接意見を言えるようにします。
—— これはいま、デザイナーとして働いているけれど、社内のいろいろな事情でバナー職人になっていたり、決定権がなかったりしている人には魅力的な話ですね。
深津 正しくやるべきことをやれるようにするのが、CXOとしての僕の仕事ですからね。
加藤 というわけで、ピースオブケイクではデザイナーを募集してますので、よろしくお願いします。
—— これから深津さんはピースオブケイクでどんなことをやっていきたいですか?
深津 できればAppleとかザッポスとかNikeレベルでUXがすばらしい会社にしたいですね。
加藤 Appleは、ユーザ体験という点では別格ですよね。ぼく、『スティーブ・ジョブズ』のなかにある、アップルストアを作ったくだりが大好きなんですよ。量販店で自分たちのマシンを売りたくなくて、ユーザーの購買体験をコントロールしたかったんですよね。ザッポスはAmazonが買収した靴の通販の会社ですよね。『ザッポス伝説』は前職で同僚が編集したのでぼくも読みましたよ。
深津 ザッポスは、カスタマーサ―ビスがすごいんですよね。他の店にその靴がないか探してくれるとか、現場にお金を使う権限もあってプレゼントやお詫びの品をカスタマーに送れるとか。あと、採用の仕組みもおもしろかったなあ。
加藤 そうですそうです。深津さん、本の内容よく覚えてますね。
深津 僕の仕事の範疇ですからね。そのレベルの最高のUXを日本で実現したいと思ってるんです。コンバージョンや継続率に何が一番効くかというと、「特別な体験をしたかどうか」だと思うんです。例えばバスケットボールをやっている子どもが、憧れの選手にNikeのイベントで「かっこいいな、がんばれよ!」って言われたら、一生バスケやるでしょう。自分だったらNikeの商品使い続けますよ。noteだって、noteで記事を書いてて、何かのイベントで村上春樹に会って、「そういえば君のnoteの記事読んだよ、おもしろかった」って言われたら、もう書くことやめないでしょう。
加藤 それはずっと書きますね……!
—— 体験の力ってすごいんですね。
深津 やっぱり、基本的な体験を大事にしていきたいですね。note でいうと「読んで楽しいこと、書いて楽しいこと」だと思います。具体的には、読者なら、おもしろい記事に出会えること。作家であるならば、書いていて心地よく、そしてファンからの反響も得られること。そういう基本的なことがいちばんユーザの心をつかみます。これは細かな機能などよりもはるかに重要です。
まずはそういった本質的な部分から、しっかりとUXを改善していければなぁと思います。
加藤 そうですね。この会社のキャッチフレーズは「クリエイターと読者をつなぐ」なんですよ。会社をつくって6年たちましたが、多くのクリエイターのかたから、さまざまなコンテンツが生まれて、ベストセラーだったり、映像化された作品も生まれてきています。深津さんをCXOにむかえて、その本質をしっかり伸ばしていきたいと思います。これからよろしくおねがいします!
深津 はい。がんばります。
イラスト:こばかな(@kobaka7) 聞き手・構成:崎谷実穂
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